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名古屋高等裁判所 昭和38年(ネ)246号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 設立中の財団法人清水育英会

補助参加人 清水英一

被控訴人(附帯控訴人) 清水清明 外二名

主文

原判決中第五項の(1) の財団法人三桝育英会設立許可申請書引渡の部分および第六項の却下部分を除き、その余を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

被控訴人の付帯控訴を棄却し、当審における新請求を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも全部被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、なお、原判決主文中確認の点以外の部分につき担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。

被控訴代理人は付帯控訴につき「原判決中被控訴人らの訴を却下した部分を取り消す。控訴人三桝紡績株式会社は原判決別紙物件目録〈省略〉(一)、(二)記載の株式につき、株主名義人財団法人清水育英会設立準備委員長広瀬英利とあるを抹消し、被控訴人清水清明を代表者とする被控訴人ら三名の持分権各三分の一の共有名義に書き換えよ。右控訴会社に被控訴人清水清明に右株式の議決権の行使をさせよ。」との判決ならびに、右議決権行使の部分につき仮執行の宣言を求め、控訴代理人は「被控訴人らの付帯控訴を却下する。」との判決、予備的に、「被控訴人らの付帯控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方ならびに補助参加人の事実上の陳述、立証関係は次に付加訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人は、

一、その主張として原判決事実記載のうち、原判決第一七枚目裏末行に、被控訴人ら主張の七の(2) の事実を認めたとあるのは誤りであつて、控訴代理人の主張するところは、亡清水千代二郎の生前寄付行為書記載の控訴会社株式二〇万株とはもし生前における財団法人設立が許可されたならば、その時点において同人が有するであろう右株式二〇万株の意味であり、したがつて、原判決第一八枚目表八、九行目の「亡千代二郎の所有していた株式」とあるのは正確には「将来所有権移転が行なわれるなら、その際千代二郎が所有しているであろう株式」との意味であり、右は控訴代理人の株式不特定論からして重要であり、生前寄付行為における二〇万株が当然には遺言による財団の基本財産たる三〇万株の一部であるとはいえないのである。

二、また控訴代理人の主張として、原判決第二一枚目裏一二行、同第二三枚目裏三行に「遺言で財団を設立しようという意思になつた」とあるのは削除されるべきであつて、控訴代理人としては、亡千代二郎が遺言による財団設立の意思を失つたことは一回もない旨強調しているのであるから、むしろ右は生前行為をする意思を放棄ないしは撤回した趣旨に記載されるべきものである。

三、控訴代理人は当審において生前寄付行為の不成立論ならびに生前寄付行為と遺言による寄付行為の非抵触論を強調するのである。

生前寄付行為についてみるに、単独行為たる寄付行為のみの段階においては未だ財産の処分という相手方ある行為は成立せず、主務官庁の右寄付行為による財団の設立許可あるまでは右財産の法律関係に変動を生ずる余地は存ぜざるところ主務官庁たる文部省において右財団設立の許可をする前に千代二郎が死亡したのであるから財産の処分的な行為は不成立のままであり、したがつて遺言がそれより先に優先してしまうのである。

それ故、「遺言より後になされた生前処分が将来発展して前の遺言と矛盾するかも知れないという可能性があるなら、現在においてすでに遺言と生前処分は抵触しているのである」という考え方は「抵触」の語を可能性で修飾した意味に置きかえたものであつて不当である。

四、およそ寄付行為の際の出捐財産は寄付行為の際に特定している必要はなく、本件においても同様であり、ただ、その後本件に関連する仮処分、株式の保管その他の措置にともない特定しているようになつたが、これは千代二郎の死後から考えた誤つた議論である。

五、控訴代理人は、同一方向論、法定条件論(停止条件と同視すべきもの)等を第一次的には非抵触論の内容として主張しているのであつて、復活論としての意味はむしろ予備的の主張である。

六、生前寄付行為による財団設立手続の途中で行為者が死亡した場合民法第四〇条、第四二条の規定からして相続人がこれを承継できないこと明白で、本件においてはもし存続しているとしても遺言執行者がこれを承継すべきものである。

七、本件の生前寄付行為に対し設立許可が文部省からあつた場合を仮定して遺言による執行が問題にならないという点だけを考えれば、いずれにしても遺言は取り消されたと錯覚するかも知れないが、これは目的の到達ないしは実現によるのであつて、取消ではなく、遺言の失効であり遺贈した財産を生前に受贈者に贈与した場合と同じく受贈者はその満足を得たのであり、かような場合民法第一〇二三条の適用はない。

本件のような場合二個の寄付行為は両立しないものではなく、むしろ、いずれか一つが満足を得るまでは競合ないし併立しているのであつて、一つが満足すると残余のものも目的達成により消滅するに過ぎないから、両立しないとの前提は誤りである。

八、民法は遺言とその後の生前処分の抵触した場合遺言の取消を規定したがその抵触することになつたと認むべき(取り消したとみなすべき)時点については定めていない。これを本件について考えると、法定条件にせよ、停止条件にせよ、その条件成就したときに、この時を基準として判定すべく、本件については少くとも設立許可という条件成就がないままに行為者たる千代二郎が死亡したのであるから、抵触はないわけである。

九、被控訴人らの付帯控訴による請求は亡清水千代二郎の共同相続人全員によるものでないから当事者適格を欠くもので不適法として却下を求める。右付帯控訴に関する被控訴人主張の事実中被控訴人らが控訴人補助参加人清水英一と本件株主代表者選任につき協議し清水清明を代表者と多数決により選定した旨の事実は否認する。控訴会社に対し共有名義ならびに代表者名義を書換えるよう請求して右会社がこれに応じなかつたことは認めるが、その余の点は従来控訴人の主張したところに反するからこれを争う控訴人らのなしたことは遺言執行者の当然なし得る権利であり義務でもあつて、被控訴人の請求は理由がないと述べた。

被控訴代理人は、

一、控訴代理人の原判決事実摘示の訂正は自白の徹回であるから異議がある、被控訴代理人の訂正は原審準備手続の要約調書ならびにその後の訂正による正当な記載に反する主張をなすもので許されない。

二、控訴代理人の二の訂正も右と同じく不当なものである。

三、控訴代理人の三の主張は独自の見解に過ぎずその採用できないことは原判決理由のように明白である。

四、不特定論については前記一記載のように訂正は許されず、本件遺言公正証書作成当時亡千代二郎が所有していた全株式が本件の三〇四、七六五株であつたところから、最初遺言でこの全株式を基本財産として財団法人清水育英会を設立しようとしたが、後持株のうち二〇万株で生前寄付行為をなしたことは明白であつて、控訴代理人もこれを認めている。

五、同一方向論、停止条件論については結局復活論に帰着すると考えなければ主張として意味をなさず、控訴代理人の主張は寄付行為についての特殊の見解を前提としてのみ考えられるもので、採用の余地はない。

六、控訴代理人の六ないし八の主張は争う。本件生前寄付行為による遺言との抵触の時点は、外部から右生前寄付行為すなわち単独の意思表示があつたものと認められる時点において抵触すると解すべきであるから控訴代理人の主張は誤りである。なお、本件の生前、遺言の両寄付行為は、名称、目的、財産の範囲、運用方法、財団の役員等においてそれぞれ相違し、全く抵触することは明らかである。

七、付帯控訴についての主張は次のとおりである。

すなわち、控訴会社は本件株式を被控訴人らおよび補助参加人四名の共同相続にかかわらず設立中の財団法人清水育英会設立準備委員長と自称する控訴人広瀬英利の請求によりそのとおりの名義に書換えたから右不当な名義の抹消を求めるとともに、被控訴人らは右清水英一と協議して被控訴人らの持分権四分の三の多数により本件(一)の株式については昭和三四年九月二五日、(二)の株式については昭和三六年五月二〇日にそれぞれ被控訴人清水清明を代表者と定めたうえ、その頃控訴会社に対しこれが共有名義ならびに代表者名義を書換えるよう請求したが、同会社において応じないから、その書換えを請求する。また控訴会社および控訴人清水育英会の代表者を広瀬英利が兼併している関係で、同会社は本件株式議決権の行使(育英会名義による)を許容し、もつて右広瀬の勝手な取締役選任、決算案承認決議を推進するに至つたから被控訴人主張のように清水清明代表名義による議決権の行使を可能ならしめる旨の判決を求める次第であると述べた。

被控訴代理人は昭和三九年七月二日の当審口頭弁論期日において、控訴会社に対する金員支払の請求部分(原判決主文第三項において認容の分)を取下げる旨の昭和三九年四月一四日付準備書面(同月一六日控訴代理人に送達)を陳述し、その後三ケ月を過ぎても控訴代理人において異議を述べた事跡はないから、右は訴の一部取下について同意ありたるものとみなす。

証拠〈省略〉

理由

本案前の主張に関しては、当審の判断は原判決理由記載と同一であるから、これを引用する。(但し第一の二の(六)の配当金支払請求については、当審において取下げられたから除く)

当審において、被控訴代理人の新たに請求する本件株式の名義書換については右と同様(原判決第一の二の(七)の記載)であり、株式の議決権行使も右名義書換を前提とすると解せられるから、これについても不適法なものたるを免れない。

本案についての判断

被控訴人清水清明、同米倉静栄、同溝口花子および控訴人補助参加人清水英一は昭和三三年四月二二日死亡した清水千代二郎の次男、長女、次女、長男であること、右千代二郎は控訴会社の創立者であり死亡するまで同会社の代表取締役であつたこと、本件株式は控訴会社の株式で亡千代二郎の所有に属していたこと、被控訴人ら主張の財団法人三桝育英会設立許可申請書および千代二郎の預金通帳も亡千代二郎の所有であつたこと、控訴人らが本件株式等を占有していること、本件株式の名義は財団法人清水育英会設立準備委員長広瀬英利名義に書き換えられ、同人は控訴会社の株主総会において右株式の議決権を行使していたこと、亡千代二郎は昭和三一年一月一三日当時所有していた控訴会社の株式三〇四、七六五株を出捐して別紙第一〈省略〉記載の財団法人清水育英会設立を目的とする寄付行為につき公正証書遺言書を作成したこと、亡千代二郎は右遺言書作成後同人が日頃から尊敬していた訴外伊藤忠兵衛から生前に育英財団を設立することをすすめられ、亡千代二郎は同人所有の現金二〇万円と同人が当時所有していた控訴会社の株式二〇万株を出捐して別紙第二〈省略〉記載の財団法人三桝育英会の設立を目的とする寄付行為書を作成し昭和三一年一一月二八日付でその設立許可申請が三重県教育委員会を通じて同年一二月二五日付で主務官庁たる文部省に対してなされたこと、右の設立許可申請書は昭和三三年三月二四日付の書面で亡千代二郎宛文部省から運用資産を五〇万円とすることおよび役員構成を変更することを求めて返戻されてきたこと、亡千代二郎の遺言にもとずき控訴人らのなした財団法人清水育英会設立許可申請書も文部省から返戻されていること、以上の事実は当事者間に争いないところである。

そこで亡清水千代二郎のなした前記財団法人清水育英会の設立を目的とする寄付行為についての遺言の効力について判断する。

右遺言後に同人のなした前記三桝育英会設立を目的とする生前寄付行為が民法第一〇二三条第二項にいわゆる遺言と抵触する「生前処分その他の法律行為」にあたるかどうかが問題である。

財団法人の設立者の寄付行為は、法人を設立しようとする効果意思と、一定の財産をこれに帰属させようとする効果意思とを内容とする相手方なき単独行為であり、一定の財産の出捐と寄附行為書の作成をもつてなされるが、それだけでは、その法律効果を生ずるものではなく、主務官庁の許可をまつて財団法人の成立という効果が発生するものであるから、右許可は寄付行為のいわば法定条件をなすものといえる。

そして、右寄付財産は財団法人設立の許可があつた時から法人の財産を組成するのであるから(民法第四二条第一項)右許可のない間は寄付行為者の財産であり、主務官庁に許可申請をした後でも許可あるまではこれを撤回し得るものと解すべく、一度右寄付行為をなしたからといつて、法律上の拘束を受けるわけのものではない。

民法第一〇二三条第二項に遺言者がある遺言をなした後これと抵触する生前処分その他の法律行為をなした場合にはこれをもつて遺言を取り消したものとみなすと規定したのは、遺言が遺言者の最終的意思でなければならぬとの観点において遺言者の通常の意思を推定しているものであるから、同条にいう「生前処分その他の法律行為」が停止条件付または後記認定のようなこれに準ずる法定条件付の場合は、一応それが遺言と抵触するような内容外観を有しても、遺言者の意思は必ずしも処分その他の法律行為の成立をもつて遺言を取り消す意思あるものと推定することはできず、却つて、右停止条件または法定条件が成就しない間は右処分その他の法律行為と遺言とを併存せしめる意思のある場合もありうるのである。要するところ、右抵触の判断については遺言者の意思を探究しなければならない。

(当裁判所が昭和三六年(ネ)第五七七号同五九二号仮処分異議控訴本件において示した法律解釈は適切でないのでいまこれを変更する。)

これを本件についてみるに、前記争いない事実と当審における証人伊藤忠兵衛、同辻井正之(第一回ないし第三回)の各証言、控訴人広瀬英利本人尋問の結果(第一回ないし第三回)を総合すれば、

亡清水千代二郎が育英財団を設立しようとしたのは、主として、同人の創立した控訴会社の健全な発展を望みそのため自己の所有していた同社の株式を寄付財産として育英財団に出捐し、もつてその固定不動化を企図し、その散逸を防止することならびに無学であつた自己の経歴に鑑み国家社会に有為の人材を養成するにあり、そのことは遺言ならびに生前の寄付行為を通じて変らないところであり、また二つの育英財団を設立する意図はなく、一つの財団に限るのであつたが、ただ、平素指導を受け尊敬していた紡績界の重鎮訴外伊藤忠兵衛から前記遺言後に生前行為による財団設立をすすめられ、しかもその当時(昭和三一年三月から一〇月まで)控訴会社の綿紡機増設について一方ならぬ世話になつた関係で、千代二郎自身としては遺言による財団設立を願望していて生前のそれは、持株の喪失ひいては自己の地位、収入に対する不安を来すかのように考え、不本意であつたが、やむなく寄付財産の株式数を一〇万余株減少して生前寄付行為をなすに至つたのであつて、右生前の育英財団設立許可申請書が文部省から返戻された際には広瀬英利その他の側近の者に、これで伊藤忠兵衛氏に対する義理は立つたからあとは遺言公正証書で財団を作つてくれといつていたこと、設立許可が下ればやむを得ないが、なるべくは遺言による財団設立を望んでいて生前の設立許可についてはその促進方につき熱意を示さなかつたことが認められるのであつて、右認定を左右するに足りる信用すべき証拠はない。

そうだとすれば、亡清水千代二郎の生前寄付行為をする真意は生前に育英財団設立許可があれば、これに財産を出捐するというのであり、もし許可のないうちに死んだら遺言による財団設立を意図したわけであるから、前記説示のとおり右生前の寄付行為にしていまだ主務官庁の許可のない間はこれを目していわゆる遺言に抵触する「生前処分その他の法律行為」に該当しないものとするのが相当である。

そして、亡清水千代二郎のなした財団法人三桝育英会設立許可申請については主務官庁の許可がないこと争いないところであるから、右千代二郎の昭和三一年一月一三日付公正証書遺言は取り消されたことにならず他に前記生前寄付行為の関係以外の事由で右遺言が失効した旨の主張のない本件においては、右遺言は現在も有効に存続しているものというべく、

右遺言にもとずく控訴人らのなした財団法人清水育英会設立許可申請書が文部省から返戻された(争いない)のは成立に争いない甲第一五号証(西田亀久夫調書)により不許可処分ではないこと明白であるから、右遺言の執行が不能になつたということはできない。

さらに、成立に争いない乙第二号証の一、二によれば控訴人広瀬英利は右遺言において遺言執行者の一人(清水育英会の理事-三桝紡績株式会社の代表取締役)に指定されたことが認められ

右遺言にして前記のように有効なる以上、被控訴人ら亡清水千代二郎の相続人は遺言執行者の職務権限の範囲において遺言による財産についての処分権を制限され遺言の執行を妨げる行為をすることはできないから、遺言執行の範囲において本件株式ならびに亡千代二郎名義預金通帳の占有をなす控訴人らに対し右株式等の引渡を請求し、また本件株式について、いま直ちに控訴人らが各自四分の一の持分権あることの確認を求める(遺言による財団法人設立許可がなされたならば本件株式は右財団法人に帰属する)本件請求は失当なること明らかであるから、これを棄却するのほかないものである。

ただ、三桝育英会設立許可申請書はこれを控訴人広瀬英利において占有すべき何らの権限も認められないから、これを亡清水千代二郎の相続人である被控訴人らに対し引渡すべき義務あるものというべくこの点についてのみ被控訴人らの本訴請求は理由がある。

以上のように、被控訴人の本訴請求は、右認定の書類の引渡請求のみを正当として認容すべく、その余の株式持分権確認、株式ならびに預金通帳の引渡請求はこれを棄却し(配当金支払請求部分は訴の取下)付帯控訴にかかる旧請求部分は却下を免れないから、右限度において、これと異なる原判決を取り消し、付帯控訴にかかる新請求の株式名義抹消ならびに書換えと議決権行使請求の部分は不適法として却下する。

よつて、民事訴訟法第九五条、第八九条、第九二条但書、第九三条第一項本文を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本収二 渡辺門偉男 村上博巳)

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